秋の旅
2004年8月24日 人一人が死ぬには丁度良い天候だ、と思ったので、さて死のうとしたたがどうしたらいいか分からない。せっかく橋の上にいるのだから川に飛び込むなり、反対の方を向いて車道に飛び出すもしくは轢いてもらおうと寝転がるなりして車を待てば全て片付くのだ。しかし体に力が入らない。立ちすくんでいるのか、腰から下の感覚があまり無く浮いているような、それでいて重い金属を背負っているような。そうしているうちに完全に思考が停止してしまった。とりあえず、左の手のひらを顔の前まで持ってきて手相を見てみたが、どの皺が何を表しているかまったく分からない。ヒュッと何かが足元を通り過ぎた、ヒャアッと声を上げてしまった。猫だ。なんだ、ねこか。一応周りを見渡してしまった。こんなときでも恥ずかしいと思うとは意外だった。しかし実際に今気恥ずかしくて少しうつむいているのだから、どうも人間が抜け切らない。これから人間であることを捨ててただの物質になろうとしているのに、なんとも情けない。
喉が渇いた。死に水、ということにして橋を戻って少しの所にある自販機でコーヒーを買って、その前の縁石に座った。どちらかというと喉は渇きやすい方だし、咀嚼した食べ物を水分で流し込んでしまうことが多い。ただ、死のうと思い立ってからついさっきまでの間、今までに感じたことが無いくらい喉が渇いていた。それだけ本気だったのだろうか。たしかに死ぬ気でいたのだ。そう簡単に人の意思というものは変わらないと思っていたが。しかし。
コーヒーを一滴もあまさず飲もうとするいつもの癖で、缶を口につけたままぐいっと顔を上げる。視線の先には当たり前のように空がある。缶を置いて、しばらく雲の流れを見ていた。
疲れて顔を下ろすと、橋のほうからさっき僕の足元を通り過ぎたのとは明らかに違う、ぼさぼさの毛をした痩せぎすの猫が震えながら、しかししっかりとした足取りでやってきた。何故かは分からないが、その猫は長いこと飼われていた家を出て死に場所を求めて旅しているんだろう。ふとそんな風に思った。猫は僕の方をちらとも見ずに通り過ぎて行った。この猫はもういくらか死んでいるのだろう。だから、死んでいない僕のことはどうでもいいのだ。
川からの風が冷たい。もう秋なのだ。雪が降る前にあの猫は息絶えるだろう。強さを秘めた横顔が思い出された。
喉が渇いた。死に水、ということにして橋を戻って少しの所にある自販機でコーヒーを買って、その前の縁石に座った。どちらかというと喉は渇きやすい方だし、咀嚼した食べ物を水分で流し込んでしまうことが多い。ただ、死のうと思い立ってからついさっきまでの間、今までに感じたことが無いくらい喉が渇いていた。それだけ本気だったのだろうか。たしかに死ぬ気でいたのだ。そう簡単に人の意思というものは変わらないと思っていたが。しかし。
コーヒーを一滴もあまさず飲もうとするいつもの癖で、缶を口につけたままぐいっと顔を上げる。視線の先には当たり前のように空がある。缶を置いて、しばらく雲の流れを見ていた。
疲れて顔を下ろすと、橋のほうからさっき僕の足元を通り過ぎたのとは明らかに違う、ぼさぼさの毛をした痩せぎすの猫が震えながら、しかししっかりとした足取りでやってきた。何故かは分からないが、その猫は長いこと飼われていた家を出て死に場所を求めて旅しているんだろう。ふとそんな風に思った。猫は僕の方をちらとも見ずに通り過ぎて行った。この猫はもういくらか死んでいるのだろう。だから、死んでいない僕のことはどうでもいいのだ。
川からの風が冷たい。もう秋なのだ。雪が降る前にあの猫は息絶えるだろう。強さを秘めた横顔が思い出された。
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